どうもジャッカルです。
アイアンマンケアンズに出場してきました。

今回は自分の中で集大成と位置付けていた。
またやるかもしれないが、海外メインにすると気力もお金も続かずライフステージを考えて1つの括りとしてIRONMANは一旦区切り。そういう気概だった。
※今後ケアンズに出る人もいるかもしれないので準備編も追って書こうか考えているが要望者がいれば教えて欲しい
【前段】
今回実は嫁様と義父と一緒に完走しようと言う裏目的もあった。
コナで結婚式を挙げた際に、元々コロナ前までトライをやっていた義父が改めてIRONMANの良さに魅了され3人で出ようと話したのが2024年11月のこと。
この時嫁様はまだOD以外出たことがなく
2025年九十九里でミドル
2026年宮古島でロング
と段階を踏んで3人で出場してきた。
つまりケアンズは、自分のことだけでなくその3人で走るという集大成でもあった。
【前日までの心意気】
身体の調整は完璧。
体調も崩さず1年間合わせてきた甲斐があった。
唯一不安なのは天気。
ケアンズに来てから断続的とはいえ毎日雨で、風も強くこんなケアンズは初めてだった。
ただ、この場に来たからにはどちらにせよやるしかない。
【目標】
あくまでもサブ9(9時間切り)
今回はコナや順位は気にしない。
自分との戦いのみである。
まあ結論としては、達成出来ておらず自分を貶めるだけなので、あえて書く必要もないのだが。。。
コースレイアウト、季節、天候の要因が大会毎に違うアイアンマンでは、タイムを比べるのはナンセンスなのだが、今回はこのタイムだけを目指して挑戦した。
その軌跡だけは残しておきたい。
【本題のレース展開】
スイム 3.8km 1時間12分50秒
自分が泳げなくなるトラウマの原因となった佐渡トライアスロンの比ではなく、間違いなく1番荒れていた。
ただでさえ泳げないのに、こうなるとまあもちろんもっと泳げない。
ブイも全く見えず平泳ぎを織り交ぜながら泳ぐも何度も水を飲んで怖くて焦ってしまい過呼吸になる。
IRONMANはコースロープがないのが辛い。掴むものがなくて何度レスキューに頼ったか。
結果として、OD含めても過去ワーストのタイム。12年前の初心者の頃より遅い。
海のトラウマは克服出来なかった。
もう戦える泳力で泳げる気がしないので、もう国内レースでも戦線離脱である。
すごくかなしい。
と言いつつも、スタート前の波を見て3割くらいDNFが過ぎっていたので、リタイヤせずに泳ぎきった自分を褒めたい。
T1 6分31秒
元々、サブ9も数分単位のギリギリ設計。
次のバイクコースは私の力では巻き返す走りが、厳しいことが分かっていたので、スイム終了時点でサブ9は無理だと確信した。
早くも1つのモチベーションが消えた。
さて困った。
加えて恐怖で全く力が入らず。
気持ちの整理が付かず、落ち着きをかねて3分弱テントでぼぉっとしていた。
約10年前ケアンズのスイムで知り合いが亡くなっている。
嫁様はスイムを無事に終えたのだろうか、最悪の自体になっていないだろうか。と頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
なんとか落ち着きを取り戻しバイクへ向かう。体感は10分以上だったが、6分ちょいらしい。
バイク 180km 4時間58分03秒
過去何度か出ているのでコースは熟知していた。
例年3リットル以上飲むので多めに持った方がいいのだが、路面も悪く登りもある為、今回は軽量化のためボトルは3本+エイドでボトルを追加する作戦にした。
結果として、区間の半分以上雨で風も強く体感寒かったので、180kmで2リットル少ししか飲まなかった。2本+エイド1本で良かったかもしれない。

途中貰ったこのオリジナルアイアンマンボトルは下手な公式グッズより嬉しい。
その後は、道中色々とトラブルを想定したが、それほど大きなトラブルもなく、天候を加味するとほぼ想定通りの結果で走れ、今回の環境で5時間を切れたのは自分としてはむしろ満点に近い粘りだったと思う。
これは自分を褒めたい。
ただ代償にかなり出し切ったため、終了時には完全に脚を使い果たしてしまっていた。
なお、コース上ではパンクと落車も多く、知り合いでも落車&パンクはチラホラ。
私はパンクがなかったのが幸いだった。

前日預けでパンクしていたのは、当日パンクしないための吉兆だったのかもしれない。
【余談】
あまりにもドラフティングが酷すぎる。
頑張って追いついたのに前半の向かい風区間、後半の向かい区間で10人規模の集団に2度ぶち抜かれた。
向かい風であれをされてはとても太刀打ち出来ない。自分のエイジの選手が何人かいたのも腹が立つ。
今回は自分との戦いだけなのに、こんなことに腹を立てる自分にも腹が立った。
弱い
T2 3分45秒
ここまで想定通りに何も進んでいないが、やれることをやるしかないと何故か頭は冷静だった。
ここはトイレ行った割にはタイムは悪くなかった。
唯一のミスはここで乾いた靴下に履き替えなかったこと。これが後に悲劇を招いた。
ラン 3時間17分44秒
死んだ脚が回復するような奇跡はないが、ここでやらないといつやると言い聞かせ問答無用に突っ込む。
1周回目途中で早々にふやけた足底に水膨れができ、激痛でまともに走れなくなった。

あぁ。やってしまった。
乾いた靴下に履き替えておくべきだった。あれだけパンク対策等をしていたのに、少しでもT2を早く出たいと、靴下交換を甘く考えたツケが来てしまった。
激しく後悔した。
ただ、まだ感覚的に破れてはいないので、これが破れたら本当に脚すら着けなくなる。と思いながらギリギリの摩擦位置を見極めながら走る。
以後は5km過ぎで明確に速度が落ちた。

耐えて走るのみ。
ただ一瞬、痛みがマシになる瞬間もあって攻めと守りの攻防をしながら、足底に全集中していた。

純平はスライドした時、順調そうで凄かった。
寺ちゃん何かあったか?と思いながら抜いて(周回遅れだけど)
戸原君いなくね?(落車リタイヤらしい)
とプロを眺めながら、自分も少しでも速く。
その思いのみで走っていた。

お疲れ様でした。
終わってから知ったが、絶望的だと思ったランが、ランラップエイジ2位だったようで、私だけではなく、みんな死んでたんだなと思った。
粘りきって良かった。
結果
9時間38分51秒

残念ながらサブ9どころかサブ9.5にすら、かすりもしなかった。

色々あったが、出し切ることができたし、結果としてこれが私の実力の全て。
なんちゃってだが、一応日本人アマ1位のタイムだったのが救いです。
あとから聞くとコナクオリファイもあと1人差だったらしい。
今後このタイムを破るためにIRONMANに挑戦することはないと思うが、そのくらい出し切った。

やはりアイアンマンは難しいと思い知ったが、つらい時は応援が自分の背中を押したことは間違いない。
本当に応援ありがとうございました。
とここで私の物語はおわり。
ここからが第2章
嫁様の応援である
バイクでもランでも見つける事が出来ず、無事にまだレースを続けれているのかすら分からなかった。
ゴール後に聞くとどうやら無事に走っているらしい。(義父はバイク中にスライドで声掛けしたので無事は知っていた。)
まず良かった。
ある意味自分のことより心配していたので肩の荷がおりた。
その後、走っている嫁様をみてうるっと来てしまった。
2周目途中で声をかけると気持ち悪いと言っていて、顔つきと走りが不安定。
ただの体力ギリギリならいいがハンガーノックだと残り21kmはかなりキツい。
代わりに走ることは出来ないので、とにかくジェルを摂れと声掛けし並走する。
時折降るスコールも相まって、ただ無事にゴールしてくれと願った。
無事にゴール
義母含め家族みんなで見守る事ができた。
ゴール後の選手エリアで完走した疲労困憊の嫁様をみて、本当に頑張ったんだなと込み上げて泣いてしまった。
アイアンマンは、マラソン等と違い、距離も種目も多いので、レース中にメンタルも体力も折れそうになる波が必ず来る。
なんだかんだ言いながら、そこを耐えてよく完走したなと思う。
半分自分の趣味に付き合わせている罪悪感を感じながらも、本人は楽しかった。と言っていたのが印象的だった。
同じレースで夫婦アイアンマンになれた。
多分これは今後人生のどのターニングポイントでも思い出す経験になるだろう。

20年後くらいにあの風強かったなぁとか雨辛かったなぁとか共通の経験を酒のツマミとして思い出すのだろうか。
残すは
さて、残すは義父のみである。。。
まだランコースを止まらずに進んでいる。
が、その後の展開は本人も悔しい思いがあると思うし、自分も痛いほど気持ちは分かるので自重しておく。
兎にも角にも家族のアイアンマンが終わった。

今後について
スイムも克服出来る気がしないし、朝スイムのスクールも減らした。
しばらくはゆっくりしたいと思う。
ただ、チームメンバーと練習で刺激して鼓舞したり、メンバーの成長を見たり、後押しするのが楽しいので、今は特に次の目標はないながらも練習は続けるつもりだ。
結局運動しないと太るのも嫌だしね🐷
自分程度のレベルでもまだ追いつこうとしてくれる人もいるので、バチバチ煽りあうのも楽しいし、早く追い抜いて欲しいとは思いつつも、少しでも長く目指すべき壁でありたい。
https://sites.google.com/view/triforce-swimbikerun/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0
チームに興味ある人いたら声掛けください。
※掛け持ち、地域は問いません。
おわり